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閑話休題(その12 ):英語について

自分なりに英語に堪能になりたいと思っているが、そう簡単には習得できない。
起業しようと思えば、海外とのビジネス連携または個人輸入ができればチャンスは広がる。
そのためには、英語ができることは有利だな・・と頭ではわかるが・・なかなか実務につながる英語の習得にはてがつかない。
まずは自分の生いたちを振りかえることと、科学的に語学への取り組みを解析・分析してみた上で、再度チャレンジしてみたいと考えている。以前、就職後に1回ほどは、一念発起して英会話スクールに通い、数十万する英会話教材も買い込んで、一時期は身に着けようと思ったが、結果は2回とも途中で挫折・・となった。
その当時は、挫折した理由はわからず・・自分の継続の意志が弱いからだと思っていた。日頃、英会話を行う必要もない中で、週に数時間英会話スクールに通ったくらいで、英語に強くなるわけがないのは確かであろう。
小学校までは田舎の学校で、英語に関わることのない教育を受けてきたが、突然他県の中学校に進むことになり、環境ががらっと変わった。中高一貫教育のミッションスクールで、全寮制の寮監は外国人の先生でかつ、中学一年生の時の英語の教師であった。
この寮監先生は、日本語はかたことで、フランス人だが英語の発音は良く、ABCの発音から教えてくれた。日本語では通常発音しない、エフとヴイ等の舌や唇の使い方を徹底的に指導していた。教科書は米国の小学校一年生が使うような教科書からスタートだった。興味をもってスムーズに英語に入って行けたようなきがする。発音の練習が一通り済むと、次は校長先生自らのグラマー(文法)を教えてくれた。校長先生は、背がとても高く金髪で赤ら顔の典型的な米国人であった。日本語はまったくしゃべれず、授業は全て英語であったが、なぜか理解できた。教科書には日本語の訳がついていたような気がする。今思えば、校長先生の発音は学校の何人もいた外国人の先生の中でも一番格調高いしゃべりであったように思う。英国でかなり高い教育を受けたのであろう。中学の2年生までは、英語と倫理の授業は外国人の先生であった。ドイツ人・スペイン人の先生から英語を教わったが、やはり最初に校長先生の授業を受けていたため、ドイツ訛り、スペイン訛りの英語とは・・こういうものか・・と子供ながらに思った。倫理では、日本語がしゃべれる米国人のブラザー(修道士)が、神の教えのもとに倫理を教えてくれた。私が学んだ学校は、プロテスタント系ではなく、戒律が厳しいカトリック系であったが、生徒自体はカトリック信者は2~3割程度で、なかには神の教えに反発する生徒もいた。
3年生になった頃の授業では、本当に神がいるのならば、それを証明せよとブラザーに難問をつきつける輩もいて、先生も大変だったろうと思う。
中学3年生の後半からは、全面的に大学受験モードに入るため、英語の教師は全員日本人となる。受験用の英語を教えるためだ。今思えば、私の本当の英語力は高校一年生がピークであった。受験英語を勉強すればするほど、外国人と会話ができない英語習得の泥沼へ足を踏み入れていったのである。
またまた、力が入り過ぎてしまった。つづきはまた・・。


テーマ : 日々のつれづれ
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